「現状は必ず変えられる」 UN Women (国連女性機関) 東・南アフリカ地域事務所長マキシム・ウィナト氏来日インタビュー

日付:

ウィナト所長1

 

これまでの経験とモチベーション

Q. なぜUN Women (国連女性機関) で働こうと思ったのですか?

私の家族は男性が多く女性が少なかったため、(本来は女性が担うことの多い)料理や掃除などの家事を男性もする家庭で育ちました。だから家事を行っている女性の大変さを幼いころから身をもって経験していたのです。また、私は父を早くに亡くし、6人の子どもを一人で育てる母親の苦労を傍で見てきました。だから、後に経営や国際開発について学んだとき、私の母親が経験したような苦労を経験する女性をこれから減らせるように、私の知識を活かしていかなければならないと考えました。そのようなことがきっかけで現在はUN Womenで働くに至っています。 

 

Q. 幼いころから母親が当たり前のように家事をこなしているとその大変さに気づくのは難しいと思います。どうして女性が家事をすべて行う状況に問題意識を持つことができたのですか? 

まず第一に、私は家事ができるように母親に育てられました。だから、女性がやっている家事というものは男性にもできるのだと気づき、であれば女性が全ての家事を担う必要はないのではと考えました。また、当時一緒に学校に通っていたクラスメイトの女の子たちからも気づきを得ました。彼女たちの優秀さを見ていると、(家の手伝い等で)今多くの少女たちが学校に通えていない状況は国にとって大きな損失なのではないかと考えるようになりました。彼女たちにはもっと教育の機会が与えられて然るべきだと思ったのです。このようなことから、女性ばかりに家事の負担がのしかかっている社会に問題意識を持つことができたのです。 

 

Q. 今までのUN Womenでの仕事において、一番難しい課題と感じられたことは何ですか? 

それは女性に対する暴力に関することですね。女性に対する暴力の3分の2は家庭内で起きています。そして厄介なのは家庭内での暴力は外からは見えにくいということです。実際に起こっている女性に対する暴力事件のうちの半数以下しか警察に報告されておらず、またその内、たった20%しか裁判にかけられていません。さらに、裁判にかけられたものの内、たった1%しか有罪となっていないのです。暴力の被害者が加害者を訴追する手段をほとんど持っていないというこの状況はとても深刻なものです。またアフリカのいくつかの国では、妻は夫に先立たれた場合、夫の財産を譲り受ける権利を持っていないことがあります。夫側の親族が根こそぎ財産を持っていき、妻の手元には子どものみが残されるという状況が珍しくありません。この問題の解決もとても難しいものです。 

 

Q. 長い間UN Womenで働くうえで、何がモチベーションとなっていますか? 

モチベーションは、必ず現状は変えられるという希望です。(ジェンダー平等実現に向けて)1995年の第4回世界女性会議(北京会議)から私たちが取り組んできたことは確実に事を前に進めてきました。政治、経済、市民社会の場において声を挙げる女性を見る度に、私は勇気をもらうことができました。また、男性の役割にも可能性を感じています。男性をジェンダー平等実現に向けた取り組みに上手く巻き込むことができれば、ジェンダー平等はもっと早く達成されるでしょう。ジェンダー平等な職場環境の整備に取り組む男性CEOや、女性の権利が守られるような政策の立案に取り組む男性政治家に私は希望を感じ、その希望が私の日々のモチベーションになっています。

 

ウィナト所長2

 

ジェンダーに関する問題とそれに対する考え

Q. 政治分野におけるクオータ制に関してどのようにお考えですか?例えば女性議員を増やすためにクオータ制を導入する場合、そこで選出される女性議員は職務を遂行するのに十分な能力を持っていない可能性があるとして、クオータ制には反対する人も多く見受けられます。 

そもそも前提としてクオータ制というのは、ジェンダー不平等是正のために生まれた概念ではなく、歴史的な不公平を修正するために生まれたものなのです。例えば、アメリカでは黒人の人が差別されてきた歴史から、教育上の不公平が生まれました。それを修正するために、教育上の優遇措置が黒人の人々のために用意されました。歴史的に周縁化されてしまう人々が生まれれば、その状況をクオータ制によって修正するというのは至極当たり前のことなのです。またクオータ制で大事なことは、その導入を一時的なものに留めるということです。クオータ制の恩恵を受けている人たちは、制度が導入されている期間を利用して自分たちの能力を高めることができます。そうすれば、後にクォータ制が廃止されたときに、競争に勝てるようになるのです。政治におけるクオータ制に言及すると、東・南アフリカのいくつかの国では、国会において30%以下になる性別があってはならないとされています。30%以下の少数派になる性別は今日においては主に女性ですが、将来的にはそれが男性になるかもしれない。その場合、クオータ制は男性を30%以上にするために機能します。クオータ制を女性のためだけのものだと考えて反対する人がいますが、実はクオータ制は両性を守るための制度なのです。結論として、クオータ制はある不公平を別の不公平に置き換えるものではなく、過去の差別的な状況を是正するためのものであり、とても重要であるというのが私の考えです。 

 

Q. UN Women日本事務所のSNSを通じた広報やアドボカシー活動において、否定的なコメントをもらうこともあります。このように、ジェンダー平等のための取り組みに不快感を示す人や興味の無い人を巻き込んでいくには何が必要だと思いますか? 

ジェンダー平等推進のメリットを理解してもらえるような説明の仕方が必要になってくると思います。ジェンダー平等に向けた柱の一つである女性の経済参加促進について考えてみましょう。例えば、もしあなたが男性で自分の給料が低い場合、自分の妻の給料は低いほうがいいですか?高い方がいいですか?妻も稼ぐことができれば、あなたは一人で家族を養う必要はなくなります。また国レベルで考えると、(女性にとって働きやすい環境が整い)もっと多くの女性が働くことができれば税収が増えます。集められた税金は当然女性のためだけでなく、(男性を含めた)国全体に還元されます。もし女性が働ける環境が無ければ、政府は男性からしか税金を取ることができず税金は高くなるため、一人当たりの負担が増えます。もちろん、女性が人口の50%を占める以上、税収の半分は女性のために使用されるのが当然です。わざわざそれを理由をつけて正当化する必要はないのです。しかし(より多くの人たちをジェンダー平等に向けた取り組みに巻き込むためには)、ジェンダー平等の推進は女性の人権を守る上で当然必要なことであると発信していくと同時に、ジェンダー平等は家族や地域社会、国全体にメリットをもたらすという切り口で説明することも重要です。 

 

ウィナト所長3

 

メッセージ

Q. これまでのご自分の経験を踏まえ、読者の皆さんへメッセージをお願いします。 

私は男性をはじめとする全ての人に対し、自身の持てる時間、知識、リソースをジェンダー平等実現のために使ってほしいと思うのです。なぜなら、それが世界全体の利益になるからです。私は問題の当事者でなくともその問題解決に貢献できると考えています。例えば南アフリカのアパルトヘイトを例に挙げてみます。多くの白人の方がアパルトヘイト撲滅のために行動しましたが、彼らはアパルトヘイトに実際に苦しめられていたわけではありません。人権を侵害する行為は止めなければならないという気持ちから行動していたのです。これはジェンダーの問題に関しても同じであるべきです。ジェンダー不平等な現状に自分が困っていなくても、その状況をおかしいと思うのであれば、何か行動を起こさなければなりません。例えば、女性の雇用に関する不平等を無くさなければなりません。雇用において男性が優遇される傾向にある1つの理由は、女性を雇用すれば育児休業をとる可能性があることを恐れるためです。女性は家族のために子どもを産み、その子供は国にとって財産となるのです。それなのにどうして子どもを産む女性が不当な扱いを受けなければならないのでしょうか?これは日本だけでなく世界的に問題になっていることであり、皆で取り組んでいかなければなりません。 

 

 

【略歴】

マキシム・ウィナト氏は2021年よりUN Women (国連女性機関)東・南アフリカ地域事務所長として勤務。東・南アフリカ地域におけるUN Womenの代表として、外交任務の遂行、プログラムの財源確保と管理、各国のジェンダーに関する方針のモニタリング等を行っている。国連入局後2008年から2014年まで西・中央アフリカ地域副所長、2014年から2018年までマリ国事務所長、2018年からはウガンダ事務所長を歴任した。国連入局前はオックスファムUKをはじめとした様々な国際NGOで活躍。セネガルのCheikh Anta Diop Universityで応用社会学博士号を取得。